【いい子ちゃん会社員】独身無職三十路が文字シュツルマイザーになったわけ

元会社員フリーランサーに至るまでのおしごとについて、簡単にまとめてます。転職をしようとしている人に0.2ミリくらいご参考になれましたら幸いです。そもそも文字シュツルマイザーってなんですかね?

▼1社目:大手飲食ホールディングス(コテコテの日本企業)

創業60年を超える日本のホールディングスグループで4年間働きました。わたしの場合はちょっと特殊で、1年ごとに部署が変わったので、永遠に昇進がなかった(同期たちは同じ部署で着々と昇進してらっしゃったが、わたしはわがままを叶えていただき部署がコロコロ変わるのでした)。4年目でオフィス勤務になったとき残業代0になってしまったので手取り17万とか。毎日毎日、どんなパッションと発想と行動力で働こうが、手取り17万円だよ。バイトしたほうが稼げるよ。まじでだいじょうぶかいなこの会社、と心の底から思いました。

ざっくり言うと、とにかくいろんなことにチャレンジをさせてもらった幸せな4年間だったんですけど、その頃のわたしは1000%のネコをかぶりまくっていて(周りからはかぶり切れていない、はみでていた、と言われるが)、つねに空気を読む優等生サラリーマンだったんですよね。つねに上司にヘコヘコして、従順で忠実で誠実で。今思うと鳥肌が立つほど気持ちが悪いわね。でもそうやっていい子ぶって生きていました。

merry
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そんなことをしていたら、当たり前に疲れるよね。さらにわたしは相当アグレッシブでスピード感をもって生きていたので、大きな会社に属するのは弊害が多すぎたのでした。

いい子ぶりっ子マリエちゃんをしている自覚すらない当時のわたしって相当痛いわけですね。そして何度か退職未遂を犯し、ワーホリを企てたりなぜか家を買ったりしながら、働いていた会社を一瞬で辞めましたのよね。その会社を辞めるとき、周り9割以上の人に反対された。「お前にはまだ武器がない」「未熟だ」「もうちょっとここの恩恵を受けてから行け」みたいなことを言われたなぁ。きっとわたしもしっかりとじぶんの意見を説明できなかったから、みんなマウント取ってきて好き勝手おっしゃるようでした。今だからこそ転職が当たり前だけど、社風や文化が古いところは未だに「転職反対!!!」みたいな雰囲気あるからお気をつけなさってくださいね。転職をしたことのない人のアドバイスを聞いたところで、何も生まれないと思う。アメリカ行ったことがないのに「アメリカ行かないほうがいいよ」っていう人に説得力がないとの同じですにゃ。

▼2社目:外資メーカーの営業職

転職しよーと思いながら、じつは次にやりたいことや行き先は1ミリも決まってなくて、完全にゼロからのスタートでした。ちょうど当時26歳くらいの頃、渋谷にちょこちょこ行くBarがありまして、そこで「どこに転職しよう〜〜〜」って嘆いていたら、初めてお会いするやっちゃん(推定40代バリキャリ系女性)がこんなアドバイスをくれた

あなたまだ20代?それならとりあえず外資に行きなさい。

それだけ、以上!

うーーーん、なかなか謎である。だけど、うーんだけど、この言葉がひっかかったのは事実。やっちゃん曰く、「20代なら英語喋れなくても大目に見てもらえる。今がチャンスだ。」とのこと。30歳を超えると厳しいらしい。業界や職種ではなく、『外資系企業』に眼点をおいてアドバイスをもらうとは思わず、その発想にはとても衝撃を受けました。きっとキャリアアップを考えるなら、日系企業にとどまる必要ないんじゃない?ってことをやっちゃんはおっしゃられていたのだと解釈します。このたった一言で、わたしはまんまと外資系転職サイト1本に絞り、就職活動をしました。(いろんな意味でよく見てたこの2つのサイトはとてもおすすめ「日本仕事百貨」「Wontedly」【ウォンテッドリー】

転職サイトのなかでもものっっっっすごいホワイト企業っぽいカナダの会社を見つけ、わたしはまったく畑違いの電材メーカー営業へ転職しました。未経験でも採用してくれてうれしみ。この外資メーカーは、やはり外資メーカーという感じで、自分の裁量で自由に仕事ができ、結果がきちんと返ってくるという環境でした。わたしにとっては素晴らしく働きやすい環境だった。年齢や経歴に関係なく、結果を出す人が評価される。年功序列なんて1ミリもない。若くてもゴンゴン成長できる。じぶんの判断で大きな仕事に携わることができる。ほんとうにすばらしかった。さらに、わたしがなによりも痛感したのが『働く環境に尊敬できる人がいることの大切さ』です。もうね、仕事内容とか職種とか業界とか、そういうのって正直わたしにとってはどうでもよくなった。周りを尊敬できる人に囲まれるだけで、じぶんがどんどん成長し、人生はどんどん飛躍する。じぶんを大切にしたいなら、尊敬できる人がいる場所へいこう。

なお、この外資メーカーで働いていたころは、なかなかのシビアな世界に飛び込んでいたので、ヤクザまがいのお客さんに「窓から飛び降りろ」「靴の革舐めろ」と詰められブチ切れられ、わんわん泣いたりと本当に貴重な経験をしました。今となっては、おもしろネタになっています。

転職をすることで、1社目のコテコテな年功序列日系企業を経験したわたしにとって、外資やベンチャーという環境がとても性に合っていることを確認できました。その結果、私の年収100万円上がったので転職してとてもよかったと思う。(その前の会社が安すぎる問題もある。)実際、入社してみたら英語を使うことなんてほとんどなくて、英語力は身につかなかったですが。

私は通年バリバリ働いていたのですが、29歳のときに初めて本当に恋に落ちて「仕事より家庭優先〜」みたいなふわっとした気持ちで2社目を辞めてしまった。我ながらおもしろい(恋愛記事についてはこちら)。最後の最後まですごくチャンスをくださり、とてもよくしていただいた素晴らしいメンバーの元で働けたことがわたしの財産である。しかし、その当時わたしは恋人が大好きでついうっかり「け・っ・こ・ん」したいなー♡みたいな妄想で、迷うことなくズバッと退職したのですよね。そして退職後すぐ恋人と破局

ここで仕事も恋人も失うアラサーが誕生します

▼自分のやりたいことがまったく見えない独身無職三十路

「彼との暮らしを大切に、ゆっくりした仕事しよ〜〜」なんて浮ついた気持ちだったもんだから、いざ会社を辞め、恋人と別れたとたんに「わたし、何のために仕事やめたんだっけ?問題」に陥る。いや〜〜〜それまで積み重ねてきたキャリアも捨てて、恋愛もうまくできず、すべてを失ってようやく気付いた。わたしはいったい、どうやって生きたいんだ?じぶんのことなのに、わたしってば1ミリもわかっていなかった。

それで、わたしは「とことん自分に素直になってみようキャンペーン」をはじめたのでした。会社を辞めて、次の働き方を模索しながら、恋人と別れた悲しみに泣き暮れ、転職活動をするエネルギーもなく、わたしは日々たっくさんの本やブログを読み漁り、読み耽り、これでもかっていうくらい自己分析をし(これについては別記事で)、そこでやっとこさ見えてきた「わたしは本当に何をやりたいのか問題」について、少しずつ見えてきました。

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もうさ、一般論とか恥とか捨ててさ、心の底から自分が願ってるもの、出しちゃおうぜ。いったい私はどんな仕事がしたいんだい?

その結果、わたしが次の仕事をするうえで「仕事をえらぶ条件の優先順位」を考えたところ、以下が3つが上位3となりました。

  1. 通勤しない
  2. 時間に縛られない
  3. 服装自由

普通に考えたら↑な条件の仕事なんて、見つかりませんよね。それまで「正社員」として働くことを疑わず、仕事を探すうえでこんな条件が叶う場所は、現時点ではほとんどない(あるっちゃあるけど限られている)。仕事を辞め恋人と別れたわたしは、誰にも会いたくないし、外に出るエネルギーもない、とにかく彼のことを考えなくて済む時間がほしくて、在宅ワークのWEBライターをするに至りました

▼引きこもりにうれしい『フリーランス』という働き方

引きこもりまくってWEBライターをするようになり、次の仕事を考えるうえで「雇われる」以外の働き方もあるんじゃないか?考えだした。それまで会社員として働くことしか脳がなかったわたしには、青天の霹靂的な発想だったのです。それで、在宅ワーク(CrowdWorks(クラウドワークス) とか、ランサーズ とか、ママ向け在宅ワークとか)に専念するようになった。丸々ど素人なわたしが、まさか在宅ワークで本当に生計を立てていくとは、そのときは微塵も思っていなかった。もちろん、はじめは生活費なんて稼げないから、とにかく必死に記事を書く日々だった。1円にでもなるお仕事を、必死で必死で、ヘタクソなりに、ど素人なりに、とにかく書いた。首をおかしくして病院にも通ったし、自分の身体を気遣う余裕もなかった。だけど、月40本くらい記事を書くことで、生活費は稼げるようになった。(WEBライターの働き方についてはこちらの記事で)

さいしょは彼と別れた辛さから逃げるようにして選んだ在宅ワークの道だけど、それによって私は本当に救われたし、生きていくことができた。2019年8月に開業届けを出して正式にフリーランスデビュー(開業については別記事で)。仕事をやるうえで、明確な目標があるわけでも、夢があるわけでもない、さらにいつお仕事がなくなるかわからない不安だらけだけど、わたしにとってはこの選択が、一番自分にとってナチュラルな道でした。

フリーランスになってから、ものすごい貧乏生活がはじまったけど、わたしはそれをそれで楽しめたし、きちんと前に進むことができています。お金はね、ないならないで生きていける。さらに人はギリギリの生活を強いられると、日々『生きる実感』を強く感じられるので、ひと月無事に生き延びられただけで世の中への大感謝が生まれます。わたしは何度「今月も生きられたぞおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!ありがとおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」と叫んだだろうか。極貧生活は幸せのコスパが最高よ。どんな風に稼いでいったかは、こちらの記事にほんのり書いています。

▼夢中を仕事にすることについて。

WEBライターやりつつも、いつ仕事がなくなるかわからない不安を抱えていたわたしは、一つの仕事がダメになってもどうにか生きていけるように複数の仕事をし始めました。人事系のお仕事を手伝ったり、料理家さんのマネージャーをやらせてもらったり、少し資料作りに携わったり、なんやかんやできることを増やしていった。そうしていって気付いたことが、『人が夢中になっているときはハイパフォーマンス状態にある』ということ。よくいう『好きなことを仕事にする』って、あながち夢物語じゃないんじゃないかなと。「夢中になること」は、人間にとってものすごいガソリンになって、ものすごいエネルギーとして人を動かしていく。

「好きなことを仕事に」って綺麗ごとみたいに聞こえるけど、「夢中になってやめられない」ってことがお仕事につながったら、最強だと思う。人はそれぞれ、自分にしかない「夢中になれるもの」があるのだと思う。ただ、義務教育を経るなかで「正解はひとつ」と教わり、複数の教科をそれぞれ高得点取れることが優等生とされてきた。だから「なにかひとつが秀でている」だけでは、社会的に評価されにくくなっているんだよね。この社会ノイズから「自分が夢中になれるもの」を見つけられないでいる人たちが、きっとたくさんいるんだろう(わたしもその一人であったわけで)。

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marie

ここで仏さんの言葉を借りよう。

人は力が抜けているときがもっともハイパフォーマンス状態にあるらしく、仏さんはその状態を「無」と呼んだ。だから「無我夢中」っているのは恐るべしスーパーハイパフォーマンス状態であるらしい。いかに力まずに、自然の状態に任せて自分のエネルギーを放出できるか、それが仕事のクオリティを上げ、自分の力を最大限発揮できる働き方なんだと思います。自分が夢中になれることを、一人ひとりが取り組める環境をつくりたいね。わたしもその一助になれるよう、日々精進していきます!

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