組織という風土

僕は今、『組織』というものの修行真っ只中だ。あと3年くらい、組織というものにどっぷりと浸かってみるつもりだ。


『組織』という風土には、ずっと違和感があった。でも、それを批判したり、否定したり、外れたりするのではなく、《この形態になる理由》みたいなものが、自分で納得できるようになってから、次のステップへ行こうと思っている。だから僕は、31歳で今の会社を辞める。


中間報告?として、私にとって『組織』とは、小さな政治みたいだ。そんな感じ。組織を理解しようとすると、何となく政治が浮かんでくる。


なぜ、先代達はこの『組織』という形態を選んだのか?それが「なんとなく」なのか「アメリカがやってるから」なのか「みんなやってるから」なのか「1番生産性がいいから」なのか「お上が居心地がいいから」なのか、
何かしら、良い悪いではなく、そこに至った理由を知りたいと思う。


今のところ僕の仮定では、「リスク分散かな」と思っている。きっと、「自分の判断」でやりたくないのだと思う。そこで組織の名を立てれば、「自分」と言わずに「組織」で済むため、責任回避ができるのだと思う。逆に、責任もみんなで負う。まさに政治みたいだね、誰に責任の所在があるのかわからない。株式会社なんて、社長が悪いとも言えないよね。総会で可決した人が選ばれたわけで、それを選んだのは株主だし、一体誰の責任?ってなったらもうそれがちんぷんかんぷん。おもろい。


今私は、会社で「組織組織」と言われている。歯向かいたい気持ちは秘めて、まず聞いてみる。(そのうちに染まらないように気をつけながらね、、w)
組織としてやっていったら、この先未来はないよ?そう思うけど。


お給料は、会社がくれるものだと思っている人間ばかりで、「お前が稼いでるんだぞ?」っていう自覚がない、なんなのコレ。お客さんからお金をもらってそれが給料なのに、売上げは数字でしかない。判断材料。ここでのお金の概念はちがう。なんたって「組織」だから。給与、投資、そういう考えで見るけど、
「お前の金はお前で稼いでるんだぞ」っていう自覚は、完全に薄れていく。お金をもらうありがたさを知らない。お金を稼ぐ大変さを知らない。


知らなくてもいいことなのだろうか。私は知っていながら生きていたいけど。会社があってもなくても、自分で生きていけるように、人を生かせられるように?そう思って生きていたいけど。こういうのが、全然通じないよね、会話でwどんどんコミュ障〜