私がゲストハウスを目指すきっかけになったこと

いっぱいいっぱいあるんです。
色んな想いが交差して、自分の想いをどういう形で実現するかずっと模索してた。(今の仕事を選んだのもそういう経緯)別に自分が満足できる生活してれば、それでいいし。うん。


でもひとりのおじちゃんとの出逢いが、私の志を変えました。この間ね、青森行ったのよ。(私は国内外問わず、ひょこひょこ色んなとこ行くのが好きです)

旅の話はさておき、私は大阪出身の親を持つ東京生まれ東京育ちなんですが、青森でさ、県内が広すぎるのとバスの本数が少ない事実にぶち当たり、朝10:30の段階で、旅路を断念せざる得なかったのね。(行きたいところに行けるバスはもうない。笑)


あーどうしよう、困った〜ってバス時刻表とにらめっこしてたら、知らないおじちゃんが、「観光か?」って。そうなんです〜、でもバスなくてね、どうしようかって。行く気なかったけど十和田湖にでも行ってみようかなって。って話をしたら「お前さんの乗るバスまでまだ時間あるな、行くぞ!」って行って、現在地周辺の観光スポットを、地元民ならではのお金のかからないルートで色々教えてくれたんだ。たった20分くらいしかなかったけど、あっちこっち連れていってくれて、色々話してくれて、最終的に私がバスに乗る時刻になったら、「ちょっとここで待っときぃ!」って言うから、なんじゃろーと思っていたら、なんとビニール袋いっぱいのりんご。買ってきてくれた。私が青森ついて、まだ美味しいもん食べてないって話をしたからだと思う。


バス出発で慌ててバイバイ。私、おじちゃんの名前すら聞いてない。住所聞いておけばよかった。


でね、この話が「なんかいい人に会ったわ〜」とか、「青森県民いい人だわ〜」っていうことを伝えたいわけじゃなく、ここから話は本題に入ります。
(なんか文章長くなる、、オヨヨ)


そのおじちゃんは、青森県出身で、35年間大阪で仕事をしていて、定年で青森に戻って来たんだって。「大阪おった時はな、嫁と娘は神戸住んでてん」(流暢な関西弁。。」「ほでな、淡路の地震あったやろ?あれでやられたんや。」「?」「俺が大阪で仕事してるうちにな、帰ったらみな骨になってたわ。ハハ」(にこやかに話すおじちゃん)私「(°_°)!?!?maji!?」(こんな反応じゃ大人としてダメなんだろうけど、、)


「でもな、ひとりだけ生き残っててん、娘。その子はよう勉強して、あれや、看護師になってな、お医者さんの旦那さんもろて、孫も産まれて。」私「(;_;)あああ、良かった、良かった。。」「で、転勤したんや。仙台にな。もう分かるやろ?今度はあの地震じゃ。もうみなやられたわ。そやから、おっちゃんひとりやねん。」(ニコリと笑うおっちゃん)


この事実で全てが納得できたの。おっちゃんがここまで見ず知らずの私に親切に観光案内をしてくれること。私が嬉しいのと同じくらい、おじちゃんも楽しそうにしてくれていること。挙げ句の果てにリンゴを持たせたくなって、買ってきてくれたこと。


もしかしたら、「知らない青森県民にりんご貰ったラッキー」で終わる人もいたかもしれない。問題はそこじゃない。まだエネルギーがある。魅力がある、素敵な人たちが、それを出せる場がないだけなんだって。そのエネルギーを、貰った方も嬉しいし、出せた方も社会に役立ててる感覚を得られるかもしれない、winwinな関係。

「あ、私寄合つくらなきゃ」

ってその時思った。寄合ってなんだよ、って話だけど、でも寄合って言葉がいちばんしっくり来ると思った。世代問わず、職業問わず、できれば地域や国籍の壁も越えて、お互いが自分の持っているモノで誰かを支え合う、そんな場所。なんて説明したらいいんだろ?でも寄合なんだよね。笑


ただ「寄合をつくる」って言って、目的として作るのはなんか違くて。みんなで何かを作って、そこが寄合になる、みたいな感じ。自然と出来上がるものだと思うんだよ。「ハイ今からここが寄合です、皆さん使いましょー」じゃ誰も寄ってこないでしょ。自然とその町にあって、色んな角度から接触出来て、段々とそこがみんなのコミュニティになっていく、、そうだ、ゲストハウスを作ろう
ということで今に至ります。だから目標は青森県内にもゲストハウスをつくること!出来れば十和田市!長くなったのでこの辺で終わります!