価値観のアップデート

価値観のアップデート

自分の価値観って毎日少しずつ少しずつアップデートしていて、あの日の当たり前は今日の当たり前とまったく違っていたりする。わかる。27歳のマリエちゃんも29歳のマリエちゃんも、まさかわたしがこんな風な謎の働き方(今となっては当たり前のことだけど、当時のわたしからしたら謎すぎるであろう)をしているだなんて微塵も思っていないだろうし、もちろん妊娠・出産を経て毎日がフェスティバルになっていることを知る由も無い。どうぞ安心してそのまま駆け抜けてほしい。

といっても、わたしがここまで自分を開花して生きるようになったのは29歳からであり、それまでの28年間は(当時は自覚がなかったけど)なかなかに不毛だったと思う。あの頃怖かったものが今は一ミリも怖く無くなっていたり、あの頃遠かったものが今はとても近くなっていたり、逆にあの頃大切にしていたものは今はまったく興味がなくなったり、この2〜3年間で激動のスーパー大変革(というほどオオゴトである自覚はないけれど、あの頃のわたしからしたら信じられない大転換なので大げさにいっておく)を起こしている。

当時はまだ『常識的な考え』や『辱め』みたいなものをきちんと持ち合わせていたので、自分には会社という組織を抜けて仕事ができるわけないと思っていたし、それこそ自分には何もないと思っていたし、まぁ確かに当時は何もなかったかもしれないけれど、【何もないこと】をビビりすぎていた。周りの目も多少は気になっていたから、自分のキャリアや肩書きみたいなものを気にしていたりいなかったりするな。かわいいもんよ。

29歳で仕事をやめて、謎にフリーになって、ギリギリの生活をどうにか抜けた先には悪の生贄のようなミラクルな経験が待っていて、戦いながらも気がついたら新天地でフルパワー全開の突進をしていた。そして気がついたらスペシャルハッピーな妊娠期を経て、これまた極楽浄土かと思うほど多幸感に満ちるキュルキュルな毎日を過ごしている。きゅるきゅる〜〜

当時のわたしと今のわたしで決定的に違うことを挙げるならば、スーパーは『安いものを買う』ところではなく『食べたいものを買う』ところになったことだろう。え?そんなこと?と思うかもしれないが、当時のわたしがこれを聞いたら目ん玉飛び出るほどびっくり(しないか)すると思う。そもそも『安いものを買う』というのがデフォルトで設定されていたから、この世界すべては『安いもの勝負』みたいなところで、食べたいか・食べたくないかは問題ではなく安いか・安くないかだけでジャッジをしていた。あれまぁ〜〜

おかげで食べたいと思っていない食料の在庫を抱え、心も冷蔵庫も余裕のない暮らしだ。今やその形跡が跡形もないほど、もはや値段をろくに見ていないんじゃないかというほど『モノ重視』で購買をするようになった。大人になったである。

しかしこういう積み重ねがその人を形作っていくように思う。果たしてこれからのわたし、2年後、5年後のわたしは今のわたしにどんな言葉を語りかけるのだろう。ちびちゃんの成長とともに楽しみである。

まだまだやりたい仕事が残っていたんだけど、こういうときは潔く翌朝にまわす。朝の仕事は進みがよい。本日はインプットの日であったが、まぁおかげでエネルギーチャージができてアウトプットに専念してしまったな。帰宅後からの時間の早さがおそるべしだった、およよよよ

あと、さいきんはちびちゃんを『かわいいの極み』と呼んでいて、なおかつ自分のことを『ちゅきちゅき』と呼んでいるので、「かわいいの極みのところにちゅきちゅきがやってきたよおおおおおおおおお」とか言って遊んでいるの尊い。

しかしまじで毎日隙なくお仕事をしすぎていてこれはアカンな、と思ったので今日は美術館に行って参った。この変換が即時できるあたり(即時すべてを放り投げる勇気をもっているあたり)本当に成長したなと思う。何でも頑張りすぎて抱えすぎて疲弊してクオリティ下がる仕事の仕方を抜けたように思う、思いたい、思わせてください。

それでは今日も寝ちゃおう。明日朝起きる自分に期待を込めて今日の幸せを選びますサランヘヨ