スランプと老化とまどろみ

スランプと老化とまどろみ

もうすぐ寝る、寝るまでの数分に文字をつづる。今日は文字を書いていない日。イラレとフォトショを少しずつ学ぶ。

朝起きて、メールして、本屋にいって、軽く作業して帰宅してごはん作ってお風呂入って寝た。わたしの1日はそんな日だ。

生理なので下半身付随。だるんと重くて不快感、、なつかしい。きっとよく眠れることでしょう。

さいきん朝ごはんをしっかり食べて、昼を食べずに早めの夜ご飯を食べたりしてる。それが一番体調がよいことが判明。精神的にも安定する。

今日は夜ご飯が遅めだったので、まだ胃が消化しきってないタイミングで寝る、胃よ、ごめん。

スランプというか、鬱期というか、生理前の病み期が一瞬きている。なんというか自分の未熟さや能力のなさ、存在自体がはずかしくてたまらないというときがある。つらいよね、恥をかくってつらい、たけどそのときは「視点が自分になってる」のだよ。

主観でしか物事を見れてないときだよ。自分を一歩下がってみてみよう。

客観的な視点で見てみよう。

「恥ずかしいと思ってる自分がいるな」「何が恥ずかしいって思うんだろう」など、自分自身のワンクッション置くのであるよ。ねむいよ。

恥ずかしい生き方をしてるわたしって可愛いなぁ、未熟で熱い生き方しちゃって、愛らしいわぁ。

そんな風に自分を受け止められたらよいね。人生はきっと恥や失敗を糧にして磨いていくんだと思う。

今日しびれたことばを引用する。

坂爪圭吾さんのいばや通信より。

健康食とか、正直「長生きをしてどうする」と思う。各種メディアは「長寿の秘訣はなんですか」みたいなことを長寿の人に問う。そして、世間はその秘訣をありがたがって聞く。なにかが違う。長寿だからなんだと言うのだろう。生きることより「生きてなにをなすか」だと思う。健康食ってけち臭い。理由は「命を守りにはいっているから」だと思う。メンテナンスは大事だ。が、長寿であることが最優先事項になった時、その人は「生きながら死んでいる」と思う。

「生きながらに死んでいる」まさにそういうことにならないよう、熱量とともにわちゃわちゃな人生を歩みたい。ねむい。

いまの自分が守りに入ってないか、大丈夫か、確認しながらね。

書きたいことは溢れるけど眠さが限界、おやすみん