どうしようもないとき、に、どうしたらいいか

本当にもう、どうしようもない時ってあるじゃないですか。
自分の無力さに打ちひしがれて、役立たずの人間のくずだーとか
誰にも必要とされてない、存在がむしろ邪魔をしている、居場所がない、でもぜんぶ自分のせいーとか
そんな風に思っちゃって、どこでどう、元気取り戻したらいいか分からないときあるじゃないですか。

いや、結局耐え凌いできたのだけど、耐えることが本当によいことなのだろうか?
はたまた、何かで気を紛らわせるのがよいことなのだろうか?
小さなことで幸せを感じられる、心満ち足りた感じの自分、どこへ行っちゃったのよーと、
そんな時、きっと誰かの声を求めるのよね。
そして今は、誰かに直接求めなくても、グーグル先生に「元気の出る言葉」とか「偉人たちの名言」とか
聞けばポイポイ出てくるからさ、
そういうので、誰かに言葉をもらえた感じになっちゃうのだろうか。

そういえば、僕はそれを本に求めている気がするな。
本から、欲しい言葉を引き出そうと、しているのかもしれない。
今日はこんな思いを、文字にしてみた。これが何の効果あるのか?
分かりませんが、物は試しです。何かをつくる、創作的な時って、人は輝く気がするの。
自分の言葉を発する時も、それは一つの創造で、料理や音楽、ファッションもすべて、
自分というものの表現行為で創作活動で、
実はそんなことが、希望となって、人を支えているのかも。

知らず知らずに、
たくさんの希望に支えられてしまって、今日があるのだなーと。
人との会話が、どうしてもちょっとずれてしまう自分に今日、27年経ってやっと気付いたのでした。痛いなぁ。
生かすも個性、殺すも個性、ですな。きっと心のどこかで、私も何かに期待しているのでしょう。

にんげんだもの。