いいことも悪いこともあってそれが人生でそれが生きるということだ

いいことも悪いこともあってそれが人生でそれが生きるということだ

おはよう、まりえです。さいきん夜仕事モードになっている、なんかその方が時間を忘れて没頭できる。時間の概念がなくなる。いいのか悪いのかはわからない。

人生はいいこともあれば悪いこともあるので、悪いことがあったときにいちいち卑屈になりたくないよね、

あーわたし人生全うしているわって思える仏的ヨユーがほちい。さて、1日の締めくくりにブログを書くよっ

今日はお献立の投稿もしたいと思ったけどそれは後日にしよう。おっっとーーーーーーーーーここで今のわたしにドンピシャな文章が降ってきたので全力で読み漁ります。ありがたし。

「自分を出し惜しみするような生き方」はしたくない。

お金がなくても、したくない。なにかを好きになり自分の好きを取り戻すとき、世界全体が自分の居場所になる。

ありがとう坂爪圭吾さん。そんな言葉を受け取り、あーなんで今日この言葉と出会えるんだろうと、そのラッキーに自分を讃えたい。

わたしはわたしの大好きを大切にしつづけよう、そしてそんな自分を大好きでありつづけよう。人は不安と戦うとき、つい防御体制をとる。なにかを守ろうとして、リスクを避けようとする。

きっとそれが人生の閉塞感につながる。きっとわたしはそんな「防御姿勢」に入った時に、途方もない絶望感と孤独感を感じる。

だけど、もう振り切れちゃって破天荒に突き進んでるときって、心配とかそんなものは消えていて、そしてなぜか道が開けちゃったりするんだ。

人生って不思議だ。だけどその人生の法則は何度やっても怖いものだから、いつもドキドキと戦うことになる。

わたしのなかの「常識」のようなものが、わたし自身を攻撃してきたりする。「おいおい三十路で貯金10万円はやばいぞ〜」「次のお給料どれくらい入るかわからないスリル&サスペンスをいつまで続けるんだい〜」

そんなのわかっている。しかしわたしはどうしても自分を信じることをやめられない。自分の選択に迷いはないし、失敗をしても楽しめる自信しかないから怖い。

いろいろやばいのは毎日感じてるけど、それ以上に自分の脳みそがおもしろいことになっているからわたしはわたしが大好きである。しかしお金はない。お金がないと心の余裕がないことにも気づく。こうやって日々自分という人間を学んでいくことが楽しい。終わりがない。

お金はないけど服も靴も買った。美容室は3月に行こうと思う。まじで放置しすぎですかね、ごめんね髪よ、でもかわいく巻き巻きするからゆるしてちょんまげ。

ほしいものはあるけど、いざ目の前にあると「いらない」ってなるこの現象なんですか。

もっともっと自分を深ぼって、自分を知る必要があることよ。

少しでも時間が空くと焦り始めて仕事探そうとするんだけど、少しでも時間空くとこうやって文字を書いたり思考したりしてあっという間に時間が経ってしまって、1日があっという間におわる。

明日は掃除します、やっと。ずっとサボっていましたが、それは意図的にさぼっていました。自分の限界がくるまで掃除はしないと決めて、多分まだ1週間は経ってないかな、5日くらいで掃除したくなるということが明らかになりました。

暴走と迷走をつづけているけど、わたしはどこへ行きたいのだろう。見定めるのはもうじきではないだろうか。

毎日何かに追われているほうが好きなのだろうか、余白ができると焦り始めるのは将来への不安なんだろうか、わからない。

恋をしたい、恋をしないと元気がでない、恋をしよう。そうしよう。