あなご飯とみかんとわたし

書きたいことがいろいろとあったのに時間の経過とともにどんどん忘れていくので脳内は常に新鮮です。

まいにちが可愛いを更新マリエです。もう脳内お花畑は飽きてきた?

過去のことも今のこともどんどん忘れていくけど、思考だけはこうやってブログやノートに残しているので楽しい。恥ずかしいけど楽しい。消したくなる過去もあるけどそれもそれでいい。

「自己肯定布教活動」ってものを無自覚によくおこなっているんだけど、これって本当に今必要なことだと思う。

勘違いでもいいからみんな自己肯定すればいいし、そして謙虚も大事。

わたし気づいたんだが、「自己肯定」と「上から目線」を混同する人多すぎ。

大杉漣。

まじでなぜかその変換ができないの。これはただの勘違い野郎だよ。

「自己肯定」=自分は優位である

みたいな思考になるらしく、やっぱりこの時点で「人との比較がベース」になっているんだとわかる。

「自己肯定」って「わたしはわたしとして最強で、わたし界で世界一」ってことなんだけど、「誰かと比較して上に立つ」と変換されちゃうのは違うのですよー。

あのね、人は対等です。

そこに気づくことが自己肯定で、

「自分なんかだめだ」

「あの人とは対等に喋れない」

とかそういうのをとっぱらって、

どいつもこいつも「人 対 人」であるということが認識されたらもっと素直に自分の言葉が話せたりするんだ。

そこに「マウントをとる」みたいな概念は不要なのよ。前澤友作さんもいってたよ、そんな感じだよ。

社長だから偉いんじゃないし、平社員だから偉くないんじゃないし、それぞれ立場とやることが違うだけで対等なのだけどこれが伝わらないやめられないかっぱえびせんだよね。

ただ、これを根本的に理解するのはそう簡単じゃなくて

脳みそを全部洗い流さないといけなそうだから

わたしごときでしれっと喋って理解してもらうのは無理ゲーすぎる。

人生を通して自ら学んでください、としか言えない。できることはやるけど、あたしのできることってわずかなのよ、

わたしのキャパは猫のひたい説なのです宜しくお願いいたします。

昨日も今日も仕事をしたけど本当に集中力がなくて生産性ゼロ。

ただの時間と労力の浪費でワクワクする時間の少なさにがっかりだよ、こんな風に仕事したくないので改善の余地がアリアリアリですね。

で、本当は2本くらいやろうかと思ってたけどもう1本で気分は上々なので僕は仕事を放棄して飲みにいこうとおもう。

お給料が入らないのでお金がないので悲しいけど飲みにいくのです。今日5日?いいね、1月5日。

はやくなんだか時間が過ぎてほしい、なぜかわからないけどそんな気分。

毎日ちゃんと自分を積み重ねているかというとそうでもない気がする閉鎖的な気分のときって鬱加速するよねわかります。

2019年がはじまった今年のわたしがいったいどうなるのか自分自身でもわからなすぎてだけど自分に生まれてきてよかったとは思うし見えないところでたくさん苦しんでいる自分をいつか笑って受け止められる自分になりたいです今年も宜しくお願いいたします。